SES(システムエンジニアリングサービス)会社において、契約書は会社を守る最大の武器です。しかし実際の現場では、「契約書をよく読まずにサインしてしまった」「後から不利な条項があることに気づいた」というトラブルが後を絶ちません。
この記事では、SES営業の現場で頻繁に登場する契約書の条項を解説します。法的な知識が少ない方でも理解できるよう、わかりやすく説明します。
SES契約書の基本
SES(システムエンジニアリングサービス)では、主に準委任契約が使われます。これは「仕事の完成を約束するのではなく、業務の遂行を約束する」契約です。
請負契約との違い
| 項目 | 準委任契約(SES) | 請負契約 |
|---|---|---|
| 責任範囲 | 業務遂行の善管注意義務 | 成果物の完成責任 |
| 指揮命令 | 発注元はNG(偽装請負に注意) | 不要 |
| 報酬 | 時間・人月ベース | 成果物ベース |
| 代替要員 | 必要に応じて | 不問 |
| リスク | 低(完成責任なし) | 高(完成できなければ報酬なし) |
SESが準委任契約を採用するのは、「エンジニアの技術を提供する」という役務提供であり、「システムの完成を保証する」という性質ではないからです。
契約書でよく見る重要条項
1. 業務範囲
第〇条(業務の範囲)
甲(発注者)は、乙(受注者)に対し、〇〇システムの開発・保守に関する
業務を委託し、乙はこれを受託する。
注意点: 業務範囲が曖昧だと、後から「これもやってください」と追加作業を求められるトラブルになります。できる限り具体的に記載しましょう。
悪い例:「システム開発に関する業務全般」 良い例:「〇〇システムのバックエンド開発(Java / Spring Boot を使用したAPI実装)」
業務範囲が拡大しそうな場合は、「新たな業務委託として別途見積もりが必要です」と毅然と伝えることが大切です。
2. 稼働時間・精算幅
第〇条(稼働時間)
1ヶ月あたりの稼働時間を140〜180時間とする。
この範囲を超過・下回った場合は、以下の精算レートを適用する。
超過: 月額単価 ÷ 基準時間 × 超過時間
不足: 月額単価 ÷ 基準時間 × 不足時間
注意点: 精算幅(140〜180h)は必ず確認しましょう。幅が狭いと(例: 160〜180h)、繁忙・閑散で単価が大きくブレます。
一般的な精算幅の目安:
- 標準的: 140〜180時間(幅40時間)
- やや厳しい: 150〜180時間(幅30時間)
- 不利: 160〜180時間(幅20時間)
また、「超過レート」と「不足レート」が異なるケースもあります。超過は1/140(上限なし)でも、不足は1/160(下限あり)など、実質的に損をする設定になっていることがあるので注意が必要です。
3. 指揮命令系統
SESで最も重要かつトラブルになりやすい条項です。
偽装請負の判断基準:
- 発注者側の社員が直接指示を出している → 偽装請負の疑い
- 出退勤・休暇の管理を発注者が行っている → グレーゾーン
- 業務の優先順位を発注者が決めている → 要注意
- 「〇時までに来てください」と言われる → 派遣法違反の疑い
準委任契約では、指揮命令権は受注者(SES会社)にあるのが原則です。「技術的な指示を受けること」自体は問題ありませんが、「業務命令」として従うことは問題になります。
適切な指示のやり取りの例:
- ✅ 「このAPIの仕様をこの方向で実装してもらえますか」(技術的な相談)
- ❌ 「明日は9時に来て、〇〇の作業をやってください」(業務命令)
4. 秘密保持(NDA)
第〇条(秘密保持)
乙(SES会社)は、業務上知り得た甲の機密情報を第三者に漏洩してはならない。
本条の義務は、契約終了後〇年間継続する。
注意点:
- 秘密保持期間: 通常2〜5年。期間内は退職したエンジニアにも守秘義務が生じる
- 機密情報の範囲: 「技術情報・顧客情報・財務情報」など具体的に記載されているか確認
- 例外事項: 「公知の事実」「独自に開発したもの」は秘密保持の対象外となることが多い
5. 知的財産権の帰属
第〇条(知的財産権)
本業務により生じた成果物に関する知的財産権は、甲に帰属する。
ただし、乙が本業務以前から保有する汎用的なツール・ライブラリは除く。
注意点: 成果物・ツール・コードの著作権が全てクライアントに帰属する場合、そのコードを他の案件で流用することはできません。
特に注意すべきは「自社開発ツールや共通ライブラリが対象に含まれないか」です。これが含まれると、案件終了後に同様のツールを他社向けに提供することができなくなる場合があります。
6. 損害賠償の上限
第〇条(損害賠償の制限)
乙の損害賠償責任は、業務委託料の〇ヶ月分を上限とする。
注意点: 上限が設定されていない場合、大きなミスが起きたときに多額の賠償責任を負うリスクがあります。
損害賠償の上限設定は必ずSES会社側が要求すべき条項です。一般的には「月額業務委託料の〇〜〇ヶ月分」や「業務委託料の総額」が上限として設定されます。
7. 契約解除・終了
第〇条(契約の解除)
甲または乙は、相手方が本契約に違反した場合、書面による通知をもって
本契約を解除することができる。
甲は、〇ヶ月前の書面による通知をもって、理由を問わず本契約を解除できる。
注意点:
- 予告期間: 通常1〜3ヶ月。エンジニアの次の案件探しに必要な期間
- 即時解除条項: どんな場合に即時解除が可能かを確認する(重大なセキュリティ違反など)
- 解除時の清算: 作業途中で解除された場合の精算方法を確認する
SES契約でよくあるトラブルと対策
トラブル1: 残業代・超過精算の未払い
発生パターン: 「180時間を超えて働いているのに、超過分が支払われない」
対策:
- 稼働時間の記録を必ずエビデンスとして残す(勤怠システム・チャットのログ)
- 月次で精算書を発行し、双方の確認を取る習慣をつける
- 超過時間の事前承認フローを設ける
トラブル2: 業務範囲の拡大(スコープクリープ)
発生パターン: 「最初は〇〇の開発だったのに、いつの間にか〇〇の保守も担当させられている」
対策:
- 業務範囲が変わる場合は必ず書面(追加変更覚書)で残す
- 「これは契約外の業務になりますが、別途費用をいただけますか?」と毅然と伝える
- 口頭での依頼を受けた場合も、メールで「〇〇については別途ご対応いただけますか」と確認を取る
トラブル3: 急な契約打ち切り
発生パターン: 「プロジェクトの都合で来月末で終了と急に言われた」
対策:
- 契約書の解除条項(予告期間)を必ず確認・交渉しておく
- 予告期間を無視した解除は損害賠償請求の対象になる可能性がある
- 長期案件でも「3ヶ月ごとの更新」など定期的な見直しを設けておく
契約書作成・確認のチェックリスト
契約締結前に以下を必ず確認しましょう。
□ 業務範囲が具体的に記載されているか
□ 稼働時間・精算幅が明確に記載されているか
□ 指揮命令系統が適切か(偽装請負リスクがないか)
□ 秘密保持の期間と範囲が明確か
□ 知的財産権の帰属が適切か(自社ツールが含まれないか)
□ 損害賠償の上限が設定されているか
□ 契約解除の予告期間が適切か(最低1ヶ月)
□ 適用法・管轄裁判所が記載されているか
まとめ
SES契約書は「後でトラブルになった時のための保険」です。
業務範囲・稼働時間・指揮命令・知的財産・損害賠償の5点を特に注意深く確認する習慣をつけましょう。
不明な点がある場合は、弁護士・社会保険労務士などの専門家に相談することを強くおすすめします。契約書1枚への専門家相談費用(数万円)は、後々のトラブルで受ける損害(数百万円〜)と比べれば、非常に安い保険です。
特に新規のビジネスパートナーとの取引開始時や、大型案件の契約時は、専門家の目を通すことを習慣にしましょう。